桜道 ~桜蔭への道 2017~

偏差値45.8からの最難関・桜蔭(62)挑戦

「銀でもすごいじゃん!」と励まされると殺したくなるのはきっと本気で、死ぬ気で金を目指していたから

お久しぶりです。

あれからもう5ヵ月と3週間、もうすぐ半年が経とうとしているのですね。

 

娘は今、とても充実した学校生活を送っています。

いろいろ自慢したくなるような話もあるのですが、

やっぱりすぐに学校がバレるような話なので、

すいません、できません。

 

娘は結局、第一志望の桜蔭には合格できませんでした。

できませんでしたが、すぐに気持ちを切り替えて

新しい制服で、新しい学校、新しい友達、新しい先生と

新しい生活を楽しんでいます。

 

僕はと言うと、

きっと天狗になりたかっただけなんですね。

「道造さんのお子さん、桜蔭に受かったんですって?すごいですねー!」

と言われたかっただけなんだと思います。

 

多くの受験ママと同じく、自分の受験コンプレックスを子どもを使って代理自己実現、代理リベンジをしようとしていただけでした。

今だから正直に言えることです。

 

 

年末から年始にかけての冬期講習と正月特訓。

桜蔭クラスでも上位にちょくちょくいけるようになり、

桜蔭の狭き門に手がかかったように思えた瞬間が何回かありました。

しかし。その一ヶ月後。

奇跡の逆転は起きませんでした。

 

2月、3月、4月、

気持ちを切り替えて新しい生活を送り始めた娘とは対象的に

僕はずっと落ち込んでいました。

悔しいやら燃え尽きたやら恥ずかしいやら、美咲に申し訳ないやら…

気持ちの整理がまったくつかなかったのです。

 

解決してくれたのは半年の時間でした。

この半年間の娘の笑顔。

勉強でも部活でも遊びでも圧倒的な結果を出しまくり(ほんとは自慢したい)、

笑いまくって、疲れたら死んだように眠る美咲を見ていたら、

いつの間にか「桜蔭」のことは僕の中でちっぽけなことになっていました。

 

そうそう、豊田真由子さんには感謝しないといけません。

桜蔭から東大、そして国会議員、そして「このハゲー!」そして離党&入院。

桜蔭を吹っ切るという意味では彼女には大いに助けられました。

 

 

桜蔭に行けたらそれはそれで素晴らしいことだけど、

行けばいいってもんじゃないなと。当たり前だけど。

 

桜蔭の神童の中で深海魚のように6年間過ごすのも

それはそれでしんどいだろうなぁとも。

 

そんな負け惜しみも気軽に言えるようになりました。

 

 

ただ、まだまだ心の傷は深いです。

 

2月2日の2時。

あの桜の下の木陰で起こったこと。

あの阿鼻叫喚のこと。

あの時のこと、記事を途中まで書いて封印しています。

あのことを話すにはまだもう少し時間が必要です。

 

それくらい本気で打ち込みました。

 

受験後、親しい、しかし無理解な、ママ友達に大変傷つけられました。

それは想定外でした。

平気な顔で「元気だしなよー」

「どこの学校行くの~?」

「◯◯学校でも充分すごいじゃん!」

「本人は納得してるのに道造が落ち込んでいるのは、美咲にもその学校にもその学校の生徒にも失礼!みんなに失礼!」

などと声を掛けられました。

傷つきました。

あまりの無理解に傷つきました。

だって僕らは本気で桜蔭を目指していたからです。

3年間いろんなことを犠牲にしてきました。

いろんなことを僕も我慢したし、美咲にも我慢させました。

ママ友に相談できるはずもなく、孤独に、

ただただ耐えてきたのです。

そんなに軽く励まされることではないのです。

 

金メダルを目指してきて、結局最後に負けた吉田沙保里選手ってこういう気持ちだったんだろうなぁと思います。

ごめんなさいと泣きじゃくる彼女に「銀メダルでも充分すごいじゃん!」という人、たくさんいましたよね。

本気で金を目指した人に銀でもすごいじゃん!なんて

僕だったら言えないし、言って欲しくもない。

 

そんな気持ちでした。

 

あーこういう風に傷つけられるんだぁ。

想定外だなぁと思いながら傷ついていました。

いまだに傷ついています。

 

まだママ友を恨んでいます。

まだ、あんな軽口を叩いたママ友を許せないでいます。

 

しかしこれも時間が解決してくれることでしょう。

 

 

この半年間、たくさんのコメントをいただきました。

特に「伏せ字を明かせ」というコメントを多数いただきました。

 

すいません、今はまだ無理です。

間違いなく明かせる時期、それは美咲が大学受験に成功した時なんだろうなぁと思います。

リベンジをした時。

5年半も先になってしまいますね。

それより手前で、明かせるようになるのかもしれません。

来年?来月?

それは僕には分かりません。

 

なんとなく、

この半年溜め込んだ、

鬱屈した気持ちと晴れ晴れとした気持ちを、

書き連ねました。

 

もう遠い遠い昔のことのようです。

ただ昨日のことのように思い出すシーンもあります。

受験前夜のことです。

1月は徐々に就寝(22時)と起床時間(6時)を早くしていったこともあり、

なかなか寝れませんでした。普段夜型なので。

横で眠る美咲を「絶対に」起こしてはいけないと

寒く真っ暗な冬の寝床で、寝返りをそーっと、息を殺すようにしたあの夜の、緊張と不安が張り詰めていた寝室の情景。

忘れられません。

 

次の記事は、

また半年後かもしれません。

 

ただ、僕が今年受験する後輩ママさんに、

伏せ字を明かすと言いながら明かしていない罪滅ぼしもかねて、

役に立てるとすればそれは、

桜蔭の出願は何時に並べば何番がとれるのか?の情報だと思っています。

真冬。始発で向かい並びました。

何時に並んで何番だったのか、受験当日何番の人は何時に面接が終わったのか?

克明に記録しました。

あの日あの場所でめっちゃメモとってた男、それが桜道造です。

去年僕が喉から手が出るほど欲しかったその情報。

またその時期が近づいたら、書きたいと思います。

 

2017年2月。

2月1日からの約1週間。

濃密でドラマチックな時間でした。

そうそう、自殺未遂したママ友もいました。

経緯を聞くと、あーそれ僕も同じ状況になってたら自殺しそうだわぁ、という残酷な話でした。

話を聞いただけで涙が止まりませんでした。

僕も本気でやっていたけど、周りも本気でした。

死ぬ気でやってました。

 

だから。

本気の受験をしてない人は本気で桜蔭を目指した人に

軽口を叩かないで下さい。

「銀でもすごいじゃん!」なんて軽く言わないでください。

殺したくなるんです。

お願いします。

 

 

桜蔭は倍率が毎年ちょうど2倍くらいです。

低いと思われるかもしれません。

しかし最高峰ですからね、最後に回避する志願者が多いのでそのくらいになります。

志望校を下げずに2月1日に桜蔭に挑戦し、

翌2日にあの桜の木の下で最後の審判を受けた500人あまりの子どもたち。

あの日あの場所に立てた。

それだけで誇らしい。そんな桜の花のような子どもたち。

半分が咲き、半分が散りました。

恐ろしく、美しい光景でした。

 

あの日凍りついた僕の心が

少しづつ溶けてきました。

 

少しづつ、あの日のこと、

2月のこと、それからのこと、

書いていけるようになるといいな

と思っています。

 

最後にこれから桜蔭を受ける方へ。

僕はあなたが羨ましいです。

桜蔭に挑むこと、素晴らしい挑戦だと思います。

あなたには桜蔭の狭き門をくぐれる可能性があります。

僕と美咲にはもうありません。

桜蔭に挑めること、入れる可能性があること。

羨ましくてしょうがありません。

 

美咲は悔いなくがんばったようです。

僕は、、、やっぱり悔いが残っています。

 

桜蔭に挑めることの喜びを噛み締めながら、

ただし悔いのないように、挑んでください。

 

以上です。

長文失礼しました。

久しぶりのブログ、楽しかったです。

 

Enjoy!挑戦!

桜道造

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